6.遺伝子の記憶 (1)


「こないだは、悪かったな。スマン。」
加藤と山本は、涼の病室に入るなり頭を下げた。
顔を上げた加藤が、ニカッ、と白い歯を見せて笑ったので、涼はギョッとなった。
よくよく見れば加藤の頭は何故かキレイに刈り込んであった。

「へへ。サンパツしたんだ。さっぱりしたろ。気合入れようと思ってよ。やっぱ、日本男児は角刈りだよな。山本、おまえもやれ!そのアタマうざってえ!!」

山本は憮然として加藤の芝生のような頭を脇に抱えこむと、バシバシ叩きながら言った。

「るせえな。俺には俺のこだわりってもんがある。このタワシ野郎!!」
「いてっ!イテ、イテ!てめ!!叩きすぎなんだよ。俺の貴重な脳細胞が死ぬ!!」
「あったってろくに働いてねえだろ!!」

涼は、いつもの二人のやりとりを、嬉しそうに笑って眺めていた。

「私、もうボチボチ退院できるって。」

涼は、じゃれあっていた二人がパイプ椅子に座るのを見はからって、あまり嬉しくなさそうに言った。

「え、そうなの?良かったじゃんか!!で、退院したらどうするんだ?」加藤が尋ねる。
「どうしようかな。子供一人に部屋を貸すようなとこ、あるわけないしね。また、父のところへ戻るしかないのかな。」
「え?お父さん、いるの?」山本は思わず声を上げた。
「ウン。いるにはいるんだけど…。アテにはできない人だから。」涼は複雑な表情で答えた。
「どういうこと?」山本は尋ねた。
「父は母の不倫相手だったから。」
「あ。ごめん。」山本はバツが悪そうに下を向いた。
「別に謝んなくてもいいよ。実は私の両親、共に医者なのよね。母は外科医としては天才的な人だったんだけど、男の人には、すごくだらしない女だったみたい。大体、私自身、奥さんも子供もいる父と不倫してできた子供だしね。母はね、父を繋ぎ止めたくて私を産んだんだっていうんだよね。」

加藤と山本は適当な言葉が見つからずにいた。

「でも結局、父は母を捨てて奥さんと子供の元へ帰っちゃったの。母はものすごく独占欲の強い人だったらしいから恐れをなしたのかな?ふふ。じゃなければ……。医者としては母の方がずーっと優秀だったらしいから、それが同業の父には面白くなかったのかもね。いずれにせよ私は邪魔な存在でしかなかったのよね。まして自分を捨てた男の子供だし。だから私、祖母に預けられて育ったの。3歳までだけどね。祖母は死んじゃったから。その後は、また母と――。」


山本は取り返しのつかないことをしてしまったと思った。いたたまれない気持ちでいっぱいだった。どうやら加藤も同じ気持ちのようで、何だか落ちつかない様子だった。

「1年半くらい母と暮らしたかなあ。私ね、餓死寸前で助けられたの。母と付き合ってた若い男の人が私を見つけて通報したんだって。母は間もなく逮捕されて更生施設へ送られたの。淋しかったのかも知れないけど、母は精神的に、どこか壊れていたようにも思う。出所して間もなく薬を飲んで自殺してしまってね。」

加藤も山本も話を聞くのが辛くなっていた。山本は、大きく息をついて、呻くような声で尋ねる。

「それで……君は?」
「父に引き取られたんだけど、私は愛人の子でしょう。父の家にいたって、お呼びでないに決まってるじゃない。いろいろもめた挙げ句、児童保護施設に送られることになったってわけ。私もその方が気楽でよかったけどね。」涼は意外にも、にこりと笑って二人を見た。二人は、どう受けとめていいか分からず、複雑な顔で涼を見つめた。

「施設暮らしも悪くなかったな。ショウタがいたし――。アイツがいなかったら私、すごくイヤなヤツだったかも知れない……。」

涼は死んだ親友を思い出したのか、悲しげな笑みを僅かに浮かべて、少しの間、言葉を切った。


話の流れを変えようとして加藤が言った。

「おまえさあ、なんで医者になろうと思ったわけ?」


涼は加藤に視線を移した。加藤は、どきりとして、涼から、つい視線を外した。

「私、父が母を捨てたりしなければ幸せだったかも知れないって思うようになってさ。実は父を見返すつもりで医大を受験したんだよね。なんか動機が不純でしょ?」

自嘲気味に語る涼を、まともに見られなくて加藤も山本も、うつむいた。


「幸い母の方に似たみたいで勉強の方は出来すぎるくらい出来たから特別奨学生として大学に入れたけど。」

加藤も山本も涼に掛ける言葉を探していた。
涼は、同情されたくなかったのか、そんな二人から視線を外すと、逃れるように床に視線を落とした。
沈黙が訪れ、その空気の重さに加藤が何か言おうとした時、突然、涼が何か思いついたように顔を上げた。

「そう言えば前にさ。私、見た目は日本人離れしてんのに、なんで名前がコテコテの日本人なのかって言ってたでしょ?ついでだから教えようか?」

加藤と山本は、思わず顔を見合わせると、揃って首を縦に振り、今度は涼に向き直って、もう一度、コクリ、と頷いてみせた。


■ 6.遺伝子の記憶(1) 終了 ■